【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 118~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ拾弐
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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種麹は黄色い粉のようなものだった。直は種麹が入った袋に顔を近づけると、思いっきり息を吸い込む。その瞬間粉が舞い上がり、直は盛大に咳き込んだ。
「お前は馬鹿か!そんなことをしたら飛び散ることくらいわかるだろう!」
喜兵寿が思いっきり後頭部をひっぱたくと、直は涙汲みながら「だってどんなにおいか知りたくて……」とさらにゲホゲホとむせた。
「お前いま絶対1文ぐらいは無駄にしたぞ。言っとくけど、この袋で10両だからな!普通じゃありえないくらいのぼったくり種麹なんだからな。もっと大事にしろ」
「わかってるって。だって種麹がこんなふわっふわだって知らなかったなんだから仕方ないだろ」
2人がぎゃあぎゃあとやりあっている横で、小西は種麹を指ですくいぺろりと舐めた。
「……ふむ。さすが元麹やだ。よくできている」
目をつぶってもぐもぐと口の中で種麹を味わう。そんな小西を見て、直もわくわくとした表情で種麹を口に放り込んだ。
「だから!お前はもっと大事に扱えといっているだろ」
喜兵寿の言葉に「はいはい」と頷きながら、意識を舌の上に集中する。ざらりとした感覚の後に広がる独特の香り。
なんだっけ、これ知ってるぞ。どこかで嗅いだことのあるこの匂いは……
「お線香だ!」
それは祖母の家の仏壇前のにおいに似ていた。火をつけていないときにも、部屋にとっぷりと漂うあの香り。
「ほう、線香か。おもしろい表現をするな。ちなみにこの種麹を振りかけ、麹が出来上がる段になると栗のにおいがするぞ」
「へええ。米が栗になるのか!未知の世界だなあ~。なあ、早く次の段階にうつろうぜ」
目を輝かせる直をみて、小西はおかしそうに目を細めた。
「まあ、そんなに焦るな。麹づくりは時間も手間もかかるもの。急いだところで質が悪いものができるだけだ。お前が造るびいるだって、きっとそうだろう?」
直は醸造工程を思い出し、「たしかに」と呟いた。麹造りは温度管理が命だと言っていたが、ビール造りもまた温度管理が命。糖化させる際、早く仕上げたいからといってぐつぐつ沸騰させてしまえば、でんぷんの糖化が抑圧されてしまうし、発酵の時には使用する酵母に合わせて温度管理をしなければ酵母はうまく働かない。
温度をいかにコントロールできるかで、うまいビールができるか否かは決まるのだ。直はふうっと深呼吸をすると、床にあぐらをかいた。
「にっしーの言う通りだな。すまん、酒造りができることが嬉しすぎて焦った。でもやっぱり気になるから、このあとどんな工程があるのかだけは先に教えてくれ!」
「そりゃあ、もちろん」喜兵寿はちらりと小西と目を合わせると、頷いた。
「この後蒸した米が冷めたら、種麹をまんべんなく振りかける「種切り」を行う。米一粒一粒にしっかり種麹がつくように混ぜたら、蒸米をひとつにまとめ、布で包んで寝かせる。そうすると硬い山のようになるから、それを崩して、ほぐして均一にしていくんだ」
直は一言たりとも聞き漏らすまい、と言った真剣な表情で喜兵寿の言葉に耳を傾ける。
「その後に行うのが『盛り』。麹を麹箱に薄く平らに入れていく作業だ。この状態で置いておくと、麹は徐々に発熱していくから、温度が上がりすぎないように手を入れ、空気を送り込むことで温度調整をしてやるってわけだ」
「麹は発熱するのか!すげえな。おもしろ」
「確かにおもしろいが手入れをしなければ、麹は自分の熱で死んでしまうからな。ここが一番繊細で重要な工程になる。麹づくりは赤子の世話と同じとも言われる作業。寝不足になることは覚悟しろよ」
喜兵寿の言葉に、直はにっこりと笑う。
「任せろって!いやあ、楽しみになってきた!」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







