一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会

サノバスミス Hop Camp 2026が生み出す「人のテロワール」

左からサノバスミスの醸造責任者の池内さん(ハカセ)、共同経営者の宮嶋さんと小澤さん

左からサノバスミスの醸造責任者の池内さん(ハカセ)、共同経営者の宮嶋さんと小澤さん

2026年8月26日、27日の2日間、長野県大町市を拠点にハードサイダーをつくる「サノバスミス(Son of the Smith)の「Hop Camp 2026」が開催された。

Hop Campは、サノバスミスが自社のホップ畑で育てたホップ「カスケード」を使い、参加者とともに選別から仕込みまでを行う年に一度のイベントだ。今年は全国から約100人が参加し、醸造家や飲食店、酒販店の関係者、そしてサノバスミスのファンなど、さまざまな立場の人が集まった。

筆者も今回、初めてHop Campに参加した。2日間の中で特に印象に残ったのが、「ハカセ」と呼ばれている醸造責任者・池内さんが語った「人のテロワール」という言葉だった。土地や気候だけではない、「人」まで含めたテロワールとは何なのか。Hop Campの2日間に参加しながら、その意味を追った。

DAY 1

まずはホップ畑へ

Hop Campの作業が始まる前、筆者はサノバスミスがホップを育てているホップ畑を訪れた。頭上まで伸びたツルには、無数のホップが実っている。手に取ると少し乾いた感触があり、指には黄色いルプリンが付着する。鼻を近づけると、柑橘を思わせる爽やかな香りが広がった。

長野県大町市にあるサノバスミスのホップ畑

長野県大町市にあるサノバスミスのホップ畑

このホップ畑で育てているのは、カスケードのみだという。ここで共同経営者の小澤さんに、サノバスミスのホップづくりについて話を伺った。

「ここではカスケードだけを育てています。通常の収穫期からあえて1カ月ほど遅らせることで、樹上で水分を飛ばし完熟状態で収穫する『レイトハーベスト(ドライピッキング)』を行っています。こうするとオイルやルプリンの含有量が高まるんです」

一般的な収穫時期は7月末ごろだというが、サノバスミスではそこからさらに約1カ月待ち、8月に入ってから収穫する。そして、この時期に収穫したホップを、同じ8月に収穫したリンゴからつくった原酒に漬け込む。

「8月に獲れたリンゴの原酒に、8月に獲れたフレッシュホップを漬け込む。この季節のテロワールを表現する取り組みなんです」

ホップ畑に隣接するサノバスミスのリンゴ畑

ホップ畑に隣接するサノバスミスのリンゴ畑

同じ季節、同じ地域で育ったリンゴとホップを一つの酒の中に重ねる。その年、その場所で生まれたものを酒に表現しようとする、サノバスミスの考え方がよく分かる話だった。

ホップ畑では収穫作業が続き、ホップが実ったツルが次々と切り出されていく。それらはトラックに積み込まれ、サイダリー(ハードサイダーの醸造所)へと運ばれていった。一度で運び切れる量ではなく、トラックはホップ畑とサイダリーの間を何度も往復していた。
このツルを待っているのが、Hop Campの参加者たちだ。

収穫したホップのツルを軽トラックに積み、ホップ畑からサイダリーへ運ぶ

収穫したホップのツルを軽トラックに積み、ホップ畑からサイダリーへ運ぶ

サイダリーに集まった約100人が、ツルからホップを摘み取る

サイダリーに到着すると、ホップ畑から運ばれてきた大量のツルが次々と持ち込まれていた。

サイダリーに運び込まれた大量のホップのツルを囲み、参加者たちが摘み取り作業を行う

サイダリーに運び込まれた大量のホップのツルを囲み、参加者たちが摘み取り作業を行う

参加者の仕事は、そのツルを囲み、ホップを一球ずつ手で摘み取っていくことだ。サイダリーを見渡すと、参加者の顔ぶれは実にさまざまだった。醸造家、飲食店や酒販店の関係者、サイダーに関わる仕事をしている人、そしてサノバスミスのファン。普段はそれぞれ異なる立場で酒に関わる人たちが、この日は同じツルを囲み、同じように手を動かしている。

初参加の筆者が作業を共にしたメンバー。左からGood Hopsの本田さん、Cider Shack(サイダーシャック)のタイジさん、有頂天醸造の田中さん、Cidernaut(サイダーノート)のヒカルさん

初参加の筆者が作業を共にしたメンバー。左からGood Hopsの本田さん、Cider Shack(サイダーシャック)のタイジさん、有頂天醸造の田中さん、Cidernaut(サイダーノート)のヒカルさん

筆者は今回、ほとんど知り合いがいない状態で一人で参加したため、参加前には「一人で大丈夫だろうか」という不安も少しあった。しかし到着すると、ハカセが作業方法を説明し、Hop Campへの参加経験が豊富な人たちが作業する輪の中へ案内してくれた。

初参加なのでホップの摘み方もよく分からなかったが、周囲の人に教えてもらいながら手を動かしていると、自然と会話が始まった。どこから参加したのか、普段はどんな仕事をしているのか、どんなサイダーやビールが好きなのか。共通する「お酒」という話題に加えて、目の前に一緒に取り組む作業があることで、最初に感じていた緊張はいつの間にかなくなっていた。

ツルからホップを一球ずつ摘み取っていく

ツルからホップを一球ずつ摘み取っていく

作業を続けていると、指先にはルプリンが付着して少しベタつき、サイダリーの中にはカスケードの香りが広がっていく。ホップ畑で見ていたホップが、今度は多くの人の手によって一球ずつツルから外されていく。造り手、売り手、飲み手と立場は違っても、この場では全員が同じツルを囲み、同じように手を動かしている。実際にその輪の中に入ってみると、Hop Campが単に大勢で作業するだけのイベントではないことが少しずつ見えてきた。

ツルから摘み取られたホップ

ツルから摘み取られたホップ

作業の後は、参加者同士で乾杯

この日の作業が終わると、参加者同士の交流会が始まった。昼間までホップを摘んでいた参加者たちは、今度はサノバスミスのサイダーが注がれたカップを手に乾杯する。

初日の作業後に行われた参加者同士の交流会。サノバスミスのサイダーを片手に交流を深める

初日の作業後に行われた参加者同士の交流会。サノバスミスのサイダーを片手に交流を深める

朝にはほとんど知り合いがいなかった筆者も、この頃には一緒に作業をした人たちと乾杯していた。ホップを摘みながら始まった会話の続きをする人もいれば、サノバスミスのサイダーや、それぞれの地域の酒、醸造について情報交換をする人もいる。

交流会ではサノバスミスのハードサイダーに加え、ゲストビールも提供された

交流会ではサノバスミスのハードサイダーに加え、ゲストビールも提供された

通常の交流イベントと少し違うのは、その前に全員で同じ作業をしていることだろう。一緒に酒を飲む前に、同じホップを囲んで手を動かしている。そのことが、初対面同士でも自然に会話が始まる空気をつくっていた。
翌日になれば、また同じ場所に集まり、今度は一球ずつホップを割って選別していく。

DAY 2

「ホップ割」で一球ずつ状態を確認する

2日目、サイダリーの床に敷かれたブルーシートの上には、前日に参加者たちがツルから摘み取ったホップが大量に広げられていた。

2日目の「ホップ割」を待つホップ。前日に参加者たちがツルから摘み取ったものだ

2日目の「ホップ割」を待つホップ。前日に参加者たちがツルから摘み取ったものだ

この日の作業は、「ホップ割」と呼ばれる選別から始まる。参加者は一球ずつホップを手に取り、割って中を確認し、香りを嗅ぐ。少しでも青くささが残っている若いホップは取り除いていく。

ホップを割ると、内側には黄色いルプリンが見える

ホップを割ると、内側には黄色いルプリンが見える

作業自体はシンプルだが、目の前にあるホップの量はかなり多い。一球を確認しては次の一球へと、同じ作業をひたすら繰り返していく。数時間も続けていると、指先はルプリンで緑色になり、サイダリーの中にはカスケードの香りが充満していた。これだけの量を一球ずつ人の手で確認していくのだから、かなりの手間がかかる。それでも大勢で取り組むことで、山のように積まれていたホップは少しずつ選別されていった。

選別を終えたホップ。参加者たちの手作業によって、仕込みに使うホップが整えられた

選別を終えたホップ。参加者たちの手作業によって、仕込みに使うホップが整えられた

選び終えたホップが、いよいよタンクへ

午後になると、選別を終えたホップが大きな袋に詰められていった。
2日間にわたって参加者が手をかけてきたホップが、いよいよ仕込みに使われる。醸造責任者のハカセが、選別されたホップをタンク上部の投入口から次々と投入していく。

選別したホップをタンクへ投入する醸造責任者のハカセ

選別したホップをタンクへ投入する醸造責任者のハカセ

前日はホップ畑でツルに実っていたホップが、トラックでサイダリーに運ばれ、参加者の手で一球ずつ摘み取られた。そして翌日には、一球ずつ割って香りや状態を確認し、選別されたホップだけがタンクへと入っていく。中を覗かせてもらうと、底一面がホップの緑で覆われていた。

タンクに投入されたホップ

タンクに投入されたホップ

2日間にわたって自分たちが触れてきたホップが実際に仕込みに使われるところを見ると、単にイベントの作業を手伝っているのではなく、自分たちの手が仕込みへとつながっていることを実感する。

「僕はレシピを書きません」

タンクへの投入を見届けながら、ハカセにサノバスミスの酒づくりについて話を伺った。

「僕はレシピを書きません。レシピを書いたら、レシピ以下のものしかできない」

農産物であるリンゴは、その年の天候によって状態が変わり、酸味や香りも毎年同じではない。そのため、決められたレシピに果実を合わせるのではなく、その年に届いた果実の状態を見ながら、野生酵母を使って仕込んでいくという。

サノバスミスがつくるハードサイダーについて、ハカセは「クラフトビールのOSを搭載したシードル」と表現する。リンゴを発酵させてつくるという点ではシードルと共通する一方、クラフトビールの世界で培われてきたホップの使い方や醸造技術、自由な発想を取り入れている。その考え方を端的に表した言葉だ。

そしてHop Campについて話を聞く中で、今回の記事のテーマにもなった言葉が出てきた。

「こうやってHop Campに100人単位の人が来て、みんなで仕込んでいくやり方は、まさに『人のテロワール』。全員がこのお酒のキーを持っているんです」

Hop Camp 2026の参加者たち(写真提供:サノバスミス)

Hop Campを通して見えてきた「人のテロワール」

一般に「テロワール」とは、土壌や気候、地形など、農産物が育つ土地の環境が、農産物や酒の味わい、個性に結びつくという考え方を指す。

初日にホップ畑で小澤さんから聞いた「8月に収穫したリンゴと、8月に収穫したホップを組み合わせる」という取り組みも、その年、その土地で生まれたものを酒の中に表現しようとするものだった。そこにサノバスミスが加えているのが、「人」という要素だ。

その年のリンゴやホップ、気候に加えて、Hop Campではその年に集まった人たちも酒づくりに関わる。「人のテロワール」という言葉は、最初に聞いたときには少し抽象的にも感じた。しかし、約100人が同じ場所でホップを囲み、一球ずつ手を動かしている光景を見ていると、その意味がよく分かる。

サイダリーいっぱいに広がって行われたホップの摘み取り作業

サイダリーいっぱいに広がって行われたホップの摘み取り作業

こうして多くの人の手が仕込みにつながっていくことも、サノバスミスが考える「人のテロワール」の一部なのだろう。

15時ごろ、2日間にわたるすべての作業が終了した。

2日間の作業を終えたサイダリー

2日間の作業を終えたサイダリー

参加前は「大勢でホップの選別作業を行うイベント」というくらいのイメージだったが、実際に2日間を過ごしてみると、それだけではなかった。ホップを囲んで手を動かしているうちに会話が生まれ、作業を終えれば一緒に乾杯する。

そして、自分が触れたホップが実際に仕込みに使われるところまで見届けられる。完成した酒だけでなく、「その酒がどうつくられたのか」という記憶まで持ち帰ることができる。そこに、Hop Campならではの魅力があるように感じた。

完成した一杯を飲むとき、何を思い出すだろう

今回、参加者たちが選別したホップは、これからハードサイダーへと姿を変えていく。
その一杯を口にしたとき、何を思い出すだろう?

酒は、その土地の気候や農産物からつくられる。一方で、その酒に誰が関わり、どんな時間を共有したのかという記憶も、飲む人にとっての一杯の味わいを形づくるものなのかもしれない。

初日に小澤さんから聞いた「季節のテロワール」と、2日目にハカセから聞いた「人のテロワール」。その年の大町で育ったリンゴとホップに、その年に集まった人たちの手が加わって、一つの酒になっていく。

参加者たちが手をかけて選別したホップが、どんなハードサイダーになるのか。サノバスミスによると、今年は出来栄えもよく、「FreshHop Express」として9月末から10月初旬にかけてリリースを予定しているという。その一杯を味わう日を、今から楽しみに待ちたい。

今回の訪問先

サノバスミス(Son of the Smith Hard Cider)サイダリー兼タップルーム
住所:〒398-0001 長野県大町市平9316
地図&アクセス:JR大糸線 信濃木崎駅より徒歩12分
Instagram
※営業時間・営業日は公式Instagramをご確認ください

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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モリイクオ (ikuo mori)

ビアジャーナリスト / Beer journalist

大阪出身。東京在住。ビアジャーナリスト&ビアテイスター。
学生時代に滞在した北米やヨーロッパで初めてピルスナー以外のビールと出会う。まだ見ぬビールの世界があると思うとワクワクする。主に旅先で出会ったビール、ビールにまつわる話を紹介している。