一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会

コラム

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 160~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ弐拾参

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、完成間近!物語完結時に販売する予定です

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外はすっかり暗くなっていたが、「明日にしよう」という者は一人もいなかった。むしろ皆嬉々とした顔で、準備を進めていく。

約束の日まで残り11日。今は一分一秒が惜しかった。

酒樽を開けると、日本酒のいい香りがふわりと広がり、飲まずとも上質と知れる芳しさが満ちた。それを柄杓ですくい、別の容器へと移してく。

作業を率先してやっていたのは、つるだ。真っすぐに口を結び、愛おしそうに酒を運ぶ。その姿を後ろで見ながら、直は小西に小声で問うた。

「なぁ、にっしー。『色』見える?」

聞くのは怖かった。でも黙ってはいられなかった。

「あぁ。美しい虹のようなものが見える」

「……っしゃ」

小西の答えに、直は小さくガッツポーズをした。小西に見えているものが、本当に酵母なのか否かはわからない。しかし今はそこにいるかもしれない、生き物の可能性を信じるだけだ。

ものの数分で酒樽は空になった。それをビールの横に移し、皆で取り囲む。

「たしか、早ければ2~3日で発酵が始まるんだよね?」

「だな。あとは酒の神である『酵母』次第!頼むぜーーーー!」

天に祈るような格好をし、直は柄杓を手にした。

「じゃあ、これより皆でビールを移し替えていきます」

柄杓に一杯ずつ。直、つる、小西、幸民の順でビールを掬い上げ、酒樽へと入れる。ざぷ……ざぷ、と静寂の夜に波紋を落とすように音が響き、そこにつるの口ずさむ酛摺り唄が混じる。

摺れよ摺れ摺れ 酛摺れよ
伊丹の蔵に 朝が来る

そいとせ そいとせ

米は新米 水は井の水
職の手のひら 言葉なく
摺ればしずかに 音がする
酒の命が 目を覚ます

それぞれの想いを胸に、柄杓を回し続ける。なんだかそれは神聖な儀式のようだった。すべてのビールを酒樽に移し終えると、皆深々とお辞儀をした。

「どうか、うまい酒ができますように」

夜は更け、朝になり、また夜が来た。
酒を造るということは、こんなにも不安が付きまとうものだったのか。自分の歯ぎしりで眠りから目覚めた直は、痛む頬を撫でながらため息をついた。

自分の時代でビール造りをしていたとき、「発酵は酵母を入れれば始まるもの」だった。もちろん酵母投入のタイミングや温度管理には神経を使ったが、発酵しない可能性を案じたことは一度もない。

「こんなに発酵を待ち望んでるのは、ビール人生初だな」

厠に立った直は、部屋に戻るついでに酒樽を覗き込んだ。今日一体何度こうやって覗き込んだだろう。発酵が始まるにはまだ時間がかかるとわかっていても、そうせざるをえなかった。

とっぷりとした夜更け。今日は小西と幸民は蘭学者の集まりで不在にしていたから、いつもより少し静かだ。

満月に近いのだろう、蔵の高窓からは月明りが差し込んでいる。その光に照らされ、樽の淵に白い泡のようなものが浮いているのが見えた。ごみか?と思って目をこする。目を凝らしてみると、それはやはり小さな泡の集まりだった。

よく見れば、それがそこかしこ散らばっている。

「まじか!!!」

発酵のはじまる瞬間を見たことはなかったが、きっとこれがそうだとわかった。今までは「無」だったビールに、ついに変化が起こったのだ。

「つる!起きろ!」

直はつるが寝ている部屋の戸を叩いた。

「……ちょっと、一体何時だと思ってんのよ」

「発酵がはじまった!」

不機嫌そうなつるの顔は、その一言で変わった。

「本当!?本当に?!」

乱れた着物のまま、酒樽へと駆け寄る。そしてしばらく覗き込んだ後、両手で顔を覆った。

「……星空みたい」

たしかにそれは夜空に広がる星のようだった。命の気配を携えた、希望の光。

「よかったぁぁぁぁ」

「やったな!」

2人は硬く握手をすると、そのまま夜明けまで酒樽を見守り続けていた。

――

本格的な発酵は、翌日夜に始まった。

会合から戻った小西と幸民は、発見の瞬間に立ち会えなかったことを悔やみ、戻ってからずっと酒樽に張り付いていた。そして直とつるも言わずもがな。つまり全員で一日中酒樽を囲んでいたわけだ。

「ちょっとぉ~あんたたち、ずっと見てたってなにも変わらないでしょうに~」

そんなことを言いつつも、ちょこちょこと様子を見に来ている金ちゃんもやはり気になっているのだろう。

ぷつぷつと湧き出るものを、いち早く見つけたのはつるだった。

「ねぇ、何か動いていない?」

その言葉に皆で目を凝らす。ひとつぶ、ふたつぶ……そして間隔をあけてみつぶ。それは夜の底から湧き上がってくる、小さな光のようだった。

「……なんと美しい」

そして見ているうちに、それらは次々と増えていった。夜の闇が満ちた酒樽の中で、光はチカチカと輝き続ける。

その一つ一つが、酵母が発酵をして生まれているものなのだ。なんという力強さ。なんという神秘。他とは比べようもない、その「生」に満ちた光に、直は鼻をすすった。

発酵がこんなにも感動するものなのだとは思わなかった。ビールは生き物なのだ。改めてその事実に圧倒された。

「まるで流れ星みたいだね」つるが呟くと、「ワシには揺れる炎に見える」と幸民が返す。「湧水のようにも見えないか?」見れば、小西も目頭を押さえている。直は胸の奥からふつふつと熱がこみ上げてくるのを感じた。

「酒の鼓動だろ!」皆の肩を組み、直は嬉しそうに叫んだ。

「さあ、ここから始まるぞ」

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、同梱物執筆などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。